ジッパー
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「ねぇ。」 「ん?」 「ここに、ジッパーがついていたらいいのに。」 私は自分の胸から下腹部にかけて身体の真ん中を指でなぞりながら言った。 「それから、ここにもついていたらいいのに。」 今度は、君の身体の同じ部分を指でなぞる。 「ジッパーって、鞄とかについてる金属の?」 「そうそれ。」 「あったら、どうするの?」 「わかんない。ただあったらいいと思って。」 そう。ただ、あったらいいと思って。 窓の外には少し赤く染まり始めた雲が浮いていて、それしか見えない。 君と私のジッパーを開けたら、そこにはあんなふうに、誰かの空があるかもしれない。 「…寂しがりだね本当に。」 「何で?」 君が笑ってる。 あきれたように、というよりはむしろ、幸せそうに。 とくんとくん、と、君の鼓動が聞こえる。それくらい、近くにいるのに、私は寂しそうなのかな。 「それって、全部見えないと不安だってことなんじゃないの?」 「…そうなのかな。」 「そういうふうに見えるけど。」 そうかもしれないけど。 もっと何か、違う気もする。でも、根本的には、そんな感じ。きっと。 でも、 「でも、自分にも欲しいんだよ?」 君はとたんに悲しそうな顔になって、突然私を抱きしめる。 「なぁに。どうしたの。」 「それは自殺願望だよ。」 苦しそうな声でそう言って、キスをして。 「でも、きっと、そのジッパー開けたら、あんなふうな空があるんだと思うんだけど。」 私が言うと、君はちら、と空を見て、あぁ、とつぶやいた。 「例えばバケツに水を張って空をそこに映すんだ。それに手を突っ込めば、僕らは空を壊せる。」 「何の話?」 私は抱きしめられたままで、君の声が体中に響いているのがわかる。 「でも、それは、本当に空を壊したことにはならないだろ?」 「うん。」 「そのジッパーを開けて、例えば空があったとして、そこに手を突っ込んだって、同じだよ。」 「…空は壊せない?」 つまり、死ねない? 「そうだよ。どうやったって、壊せない。」 君はまたキスをして、私の頭を撫でる。 そうなのかな、そんなもんなのかな。 「でも、壊したふりでもいいんだけどな。」 私は思わず言ってしまって、それから後悔した。君がいっそう強く私を抱きしめるのを感じて、慌てて付け足す。 「でも、そんなジッパーなんてどこにもないんだけど。」 「そうだよ。でも、わかんない。そんなもの、どこにでもあるかもしれない。」 「え?」 「見えてないだけかもしれない。いつか見つけて、そしたらお前、」 「見つけられないよ。」 君が泣きそうで、思わず私は叫ぶ。 でも、見つけたら多分、そこに手を突っ込んで、壊したふりをしてみたりするんだろうなと思う。そして、見つけたいと思ってしまう。見つけられる気さえしてくる。 「うん。そうだな。」 「そうだよ。ねぇ、ごめんね。変なこと言って。」 「いや。大丈夫。」 そういいながら君は、ふっと電気を消した。 空はさらに赤くなっていて、私はいつかジッパーを手に入れられると確信する。 |