花を殺した日




 忘れられるはずもなかったあの日の記憶もだんだんかすれてきた。

それを寂しく思って泣くこともあったし、早く忘れてしまえばいいと思って頭を壁にぶつけまくったこともあったけど、四六時中そのことを考えているなんていう日々は当の昔に終わっていた。

所詮、あの人だって他人だったんだとか、好きっていう感情が作り物でただの独占欲に過ぎなくて醜いものだとか、捨てられたのは全部自分が悪くてあの人は正しいとか、あの頃に戻ったらやり直せるんじゃなかとか、そういう皮肉っぽいことは、もう思わなくなった。

それを、哀しいと思うこともなくなった。でも、完全に忘れるということは無理みたいだ。と、そういうことがもうわかってきた頃だった。



 昔の恋人との突然の再会なんて、そんなありふれたドラマみたいな話は、きっとそこら中に転がっているんじゃないかと思う。

だって世界は広くないんだし。いや、世界は広いけど、ここで言う世界は、そういうのじゃなくて、自分とあの人の行動範囲を言うわけだから。

だから、あの人は
「久しぶりだね」
って言ったんだと思う。もちろん笑顔でね。こっちも、
「うん」
って笑顔で返したら、もう、二人で幸せだった頃には戻れない。のかもしれない。

でも、そ言うしかないから、やっぱり『うん』って、同意する。
「暇?」
まぁ、そりゃぁ暇だけど。こうやって意味もなくふらふらしているわけだから。
「そっちも?」
同じように、ふらふらしていただけなのかな?
「ちょっと、話す?」
「いいけど。」

そうやって、実は吹っ切れていなかったのかもしれないことをだんだんただの過去にしていく。

あの人は、別段あの頃と変わっていないように見えるけど、きっともうあの頃のあの人ではないんだろうなと、理解していく。

それは、自分がそうだから。

「恋人は?」
「いないよ」
お互いに。だから、どうということもない。さっき久しぶりだねと笑いあったのだから、もう一度二人が恋人になることもない。

でも、仲が悪くなることもない。友達でもない。ただの、昔の彼氏と彼女。喫茶店を出れば、もう連絡も取らないだろうし、二人ともふと思い出すのは、恋人だった頃の相手。偶然会ったその日に見た顔なんて、まともに覚えてない。

「じゃぁ、そろそろ、帰ろっか。」
どちらかがそう言い出せば、帰ることになる。
「またね」
習慣としてそういうだけで、あの頃とは変わってしまった携帯のメールアドレスや、電話番号や、住所なんかを教えあったりすることもなく、帰る。

家が例えば、同じ方向だったとしても、二人ともなんとなく別の向きに歩き出して、それっきり。



 部屋に帰れば、もう夕焼けが綺麗。

ちょっと泣いたけど、それは、いつものこと。何が変わったって、何も変わってない。ただすこし、また一日分だけ、あの人から遠くなった。

だって、戻りたくても戻れない過去があるから。そこから、だんだん離れていくことが、哀しいんでしょう?

あの人も同じ気持だったらいいのにと、思ったこともあったし、あの人にはこんな哀しい気持ちになっていて欲しくないと思った日も、あったかな。

でも、時間は止まってくれないって、知ってるから。止まってくれないほうが、楽なこともあるし。

手に取った窓辺の花を優しく握り締めて、殺してしまった。もっとずっと、一緒に、そう願っていたのかな。花なんか、悪くないのに。










2005/09/20