銀の砂




 砂時計を何度もひっくり返して、ひっくり返して…。いったい何回ひっくり返したらいいんだかもわかんない。銀色の砂がさらさら落ちていくのが聞こえるくらい静かなところで。

あたしは何をしてるんだろう。これが全部落ちたら、何もかも忘れられるんじゃないかって、意味ないのに思って。

昔買った、異国の砂時計。


 
何か、変な感じがした。お腹に何か違和感があって、そういえばここは何処だろうと思った。周りを見たけれど、ぼやけて何も見えない。それにしてもお腹が…。手を伸ばしたその先には、あたりまえのようにお腹があって、まぁそれは洋服に包まれているのだけれど。

違和感は消えなくて、見えないのを承知で下を見ると、お腹の辺りだけ妙にはっきり黒く見える。ピンキーリングくらいの大きさのまあるい黒いものが。穴のように、そこにあった。手で触っても、わからない。何もないように見えるのに、そこにはちゃんと洋服もあれば、あたしのちょっと脂肪のついたお腹もあるように思える。


 
ずっとその辺をいじっていると、間違いに気付いた。手は、その黒い穴に触ることができていない。まるで磁石のように反発してしまう。穴のすぐ隣は触れるのに。

そして、ふと思った。なぜあたしは寝ているんだろう。周りの様子がよくわからないのもあって、自分の体勢なんか気にもかけていなかったが、どうやら仰向けに寝ているらしい。そうとわかると何だか動きたくなる。でも、起き上がるのはどうにもおっくうで、気が進まない。となれば、寝返りをうつか。


 
そう決めて、身体を少し動かしたら、何かが動いた。身体の中でだ。ずっと同じ体勢だったからだと思って、また少し動くと、今度はもっとはっきり感じられる。身体の中、というより、穴の中で何かが動いている。背中のもっと下のほう、穴の奥、そこで、細かい粒がたくさん。でも身体の動きを止めると一定時間おいてその粒も止まる。

少し怖かったが、中途半端な体勢のままずっと止まっているのは結構辛い。どうせ仰向けにもどったってきっとその何かは動くだろうし、だったら思い切ってうつぶせになってみようと思った。


 
キラキラと、粉が、穴を流れていく。あたしの身体を通って、流れていく。身体の中からじゃなくて、もっと向こうから、粉が、落ちてくる。穴に入っていく。それから、お腹のもっとずっと向こうのほうへ溜まっていく。

思わず触ってみたくなって手をお腹へと伸ばしたけど、手は穴と反発してしまって粉にも触れない。うつ伏せになっているのに、下が見える。地面なんかないみたいに、身体は穴を中心にくの字に少し曲がっている。そういえば、仰向けになっていたときは髪は下にたれていた。宙に浮いているのかもしれない。


 
だんだん背中よりお腹のほうが重くなってきて、最後の一粒が、落ちたとき、あたしの目はやっとはっきり見えた。

そこには、銀色の粉で覆われた世界が広がっていた。手を伸ばしてもぎりぎりで触れられないところに粉が溜まっている。そしてあたしは、気付いた。


 
マナーモードにしていた携帯電話が鳴って、目を覚ますと、そこは自分の部屋。目の前の砂時計は、今ちょうど最後の一粒が落ちきったところ。逆さに返そうと、手を伸ばしたけど、やっぱりやめて、隣に置かれた携帯電話に手を伸ばすと、届いたメールに目を通した。


砂時計の砂が、あたしの身体を、ゆっくり通っていく。

自分で動かさなきゃ、そのうち止まってしまうその時計。

落ちていく砂にまぎれて、落ちていければいいのに、時には追いつけないし追い越せないから、あたしはただ見てる。

砂が、あたしの身体を、ゆっくりと。









2006/02/28