美術室
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全てが柔らかい。流れてくる音楽も、夕日になりきらない太陽も、透き通った冬の空も、すこし汚れた窓も。逆光をあびて、必要以上に輪郭をはっきりさせた貴方の後姿だけが、硬い無機質な物に思える。 「先生、何で逆光で描かないんですか」 貴方の位置には私がいるほうが自然。無機質な私。貴方はそこにいるには柔らかすぎる。 「あれ、ごめん。まぶしいかな。」 そうじゃないのに。 「いえ…。」 放課後の美術室。乱雑に置かれた傷だらけの机と、壁にかけられた何枚もの生徒作品たち。頭の痛くなるガスストーブ。 「誰も来ないから、敬語なんかやめて。」 貴方は知らないでしょう。その柔らかい微笑みが私に傷を作ってること。 「うん…。ねぇ、あとどれくらい?」 私だけに向けられた表情なんてないの。貴方は誰にだってこうやって心を開いたようにして見せるんでしょう。 「もう少し。時間大丈夫?」 柔らかくてどんな衝撃も吸収しちゃう貴方の扉を、どうやったら開けるって言うの。貴方は本当は、どんな人なの。 「どうせ何もないから平気だけど、退屈。」 私が貴方に入っていく術はない。こうやって同じ時をすごしていることですら本当は嘘でしかないから。だって、貴方はいつも、"ここ"にいない。 「真琴のそういうとこ好きだなぁ。」 紙の上を走る濃い鉛筆。貴方が好きな私は、その紙の中の女の子。 「終わったらどうするの。」 どうするんだろう。貴方のお絵かきが終わってしまったら。貴方が別のお絵かきを始めてしまったら、私はどうするんだろう。貴方の位置に立って、逆光をあびて、それから? 「うちに来る?」 私に似た女の子の絵が部屋いっぱいに飾ってある貴方の部屋。貴方の生活を支配してる子。その子は誰なの。 「うん。夕飯つき?」 何度聞いても貴方は微笑むだけ。ねぇ、誰なの。私じゃない。でも似てる。その子は、私じゃない。 「泊まってっていいよ。どうせ親、帰ってこないんだろ今日も。」 何で私は貴方を好きなの。 「じゃぁ泊まってく。」 私を見ながら、でも見ていない。その目はどこを向いてるの。遠く遠く。私の後ろに何が見えるの。誰が、いるの。私は、その子じゃない。 「そのかわり、明日もモデルになってよ。」 鉛筆は止まらない。貴方は私と話しながら、誰かを期待してる。 「全裸にでもなろうか。」 「明日は僕の部屋で描くから。」 重なる声。沈黙。貴方が悪い。私が悪い。 「何言ってんの。」 笑わないで。そうでもしなければ、貴方は私を見てくれない。…本当はわかってる。そんなことしたって、貴方は私を見てくれない。 「冗談だよごめん。部屋でってことは、明日私が家に帰れるのは夜だね。」 それでも、貴方と一緒にいる時間は長いほうがいいにきまってる。どんなに傷ついたって。 「もう一泊したっていいけどね。」 だから、そんなふうに微笑まないで。怖い。貴方はいつ、次の子を見つけるの。私の中に、あとどれくらい貴方の好きな女の子がいるの。 「それは明日になってから考える。」 私を見てよ。 「できた。見る?」 見たくない。見せないで。それは私じゃない。 「いい。自分の顔なんて嫌い。」 違う。私が嫌いなのはその女の子。 「そう。真琴、おいで。」 夕日が、紅く色づいてきていた。 軽いキスと、続く深いくちづけと。 貴方は知らないでしょう。私が泣いていること。 |